早期からの緩和ケアで変わること
―費用・生活の質・余命まで
1.「症状が出てからでいいですよね?」という誤解
外来でよくいただくご質問に、
「いまは症状がほとんどないので、まだ緩和ケアはいりませんよね?」
というものがあります。
緩和ケア=末期、あるいは
「痛みなどのつらい症状が強くなってから受けるもの」
というイメージが強いため、そうお考えになるのは自然なことです。
しかし近年の研究では、
症状が軽いうちから
がん治療と並行して
定期的に緩和ケアに通う
ことで、生活の質の向上だけでなく、医療費の抑制や余命の延長まで期待できる可能性が示されています。
ここでは、そのポイントをわかりやすく整理します。
2.緩和ケアで医療費が「トータルでは」減る理由
「緩和ケアに通うと、外来が増えてお金もかかるのでは?」
という心配もよく伺います。
たしかに、受診には一定の費用がかかります。
しかし実際には、トータルの医療費が減る可能性が報告されています。
2-1. 入院はとても高くつく
がんで入院すると、多くの方は高額療養費制度の上限まで費用がかかります。
標準的な所得の方ですと、1か月あたり8万円前後+αが自己負担の目安になります。
痛みや吐き気、呼吸困難などが悪化して入院すると、
この「大きな出費」が一気に発生します。
2-2. 早期からの緩和ケアは「入院を減らす医療」
早い段階から緩和ケア外来で、
痛み止めや吐き気止めを少しずつ調整する
生活の工夫を一緒に考える
無理のない治療計画や目標を確認しておく
ことで、「入院が必要なほど悪くなる前に手を打てる」場合が増えます。
海外の大規模研究では、早期から緩和ケアを導入した群で
入院回数や入院日数が減った
1回の入院あたり数十万円規模の医療費が抑えられた
といった結果も報告されています。
外来受診には費用がかかりますが、
「大きな入院をひとつ防げる」ことで、結果的に全体の出費が少なくなる――。
これが、早期緩和ケアが「トータルでは安上がりになりうる」理由です。
3.早期からの緩和ケアで得られる主なメリット
早期緩和ケアを受けると、次のような恩恵が期待できます。
症状の緩和
痛み、だるさ、吐き気、呼吸の苦しさなどを、早い段階から細かく調整できます。不安や落ち込みへのサポート
病気そのものへの不安だけでなく、仕事・家族・お金など、心配事をまとめて相談できます。「何でも話して良い」場所ができる
主治医には言いづらい本音や迷いも含めて、気兼ねなく話せる第三者がいることで、気持ちの負担が大きく下がります。生活や食事など、日常の具体的なアドバイス
体力の温存、眠り方、食事の工夫など、生活全体を一緒に整えていきます。これからの治療・生活について、一緒に考えられる
「どこまで治療を続けるか」「在宅療養やホスピスをどう考えるか」などを、元気なうちから少しずつ整理しておけます。
これらの積み重ねが、入院の減少・医療費の抑制・人生の満足度の向上につながります。
4.「余命が延びた」と報告された研究も
2010年には、非小細胞肺がんの患者さんを対象とした有名な研究が発表されました。
片方のグループ:通常のがん治療のみ
もう片方:同じ治療に加え、治療中の早い時期から緩和ケア外来を定期受診
という2群を比較したところ、
早期緩和ケア併用群のほうが、生活の質が高く、うつ症状も少なかった
さらに、生存期間の中央値が約3か月長かった
という結果が得られました。
興味深いのは、
「必要になったら緩和ケアにかかる」
という従来のスタイルよりも、
『症状が強くなくても、最初から定期的に受診してもらう』ほうが良い結果につながった
という点です。
緩和ケアはがんを直接小さくする治療ではありません。
それでも、
過度に負担の大きい治療を避ける
つらい症状を早めに抑えて体力を守る
ご本人とご家族が納得しながら治療の方向性を選べる
といったことが積み重なることで、
結果的に「生きている時間そのもの」が伸びたと考えられています。
5.膵臓がんと早期緩和ケアの研究
膵臓がんのように進行が早く、治療が難しいがんでも、
早期からの緩和ケアが意味を持ちうることが報告されています。
標準治療+「必要時にだけ」緩和ケアを利用する群
標準治療+2〜4週ごとに定期的に緩和ケア外来を受診する群
を比べた研究では、早期緩和ケア群で
亡くなる直前の無理な抗がん剤治療が少なかった
ホスピスなど、穏やかな場所で最期を迎えられた方が多かった
といった結果が得られています。
生存期間に統計学的な「有意差」は出ませんでしたが、
中央値では早期緩和ケア群のほうが約1か月長いという結果で、
研究の設計によっては差が明確になっていた可能性も指摘されています。
つまり膵臓がんのような厳しい病状であっても、
苦痛をできるだけ軽く保つ
過度に負担の大きい治療を避ける
ご本人らしい選択をしやすくする
という意味で、早期からの緩和ケアには十分な価値があると考えられます。
6.「第三世代」の緩和ケアへ――防災としての早期緩和ケア
これまでの緩和ケアをざっくりと整理すると、次の3段階で捉えられます。
第1世代:末期のがんで、最期の時期にだけ受ける緩和ケア
第2世代:症状がつらくなってから受診する緩和ケア
第3世代(現在):症状が軽いうちから、治療と並行して定期受診する「早期緩和ケア」
第3世代の緩和ケアは、
「起きてしまった苦痛を和らげる」だけでなく、
“がんの防災”として、問題が大きくなる前に手を打つ医療
という性質を持っています。
痛みが我慢できないほど強くなる前に
気持ちが折れてしまう前に
家族が限界を迎えてしまう前に
少し早めに専門家とつながっておくことで、
たくさんの「転ばぬ先の杖」を事前に用意しておけるのです。
7.まとめ:症状が軽いうちから、緩和ケアという選択肢を
まだまだ日本では
「苦しくなったら緩和ケアを考える」
という考え方が主流です。
しかし、世界の研究や臨床経験からは、
早い時期から緩和ケアにつながることで
症状や不安を和らげ、生活の質を保ち
ときに医療費や入院を減らし、余命を延ばす可能性もある
ことが示されています。
「症状がないのでまだ緩和ケアはいりませんよね?」という問いに対して、
今の答えは明確に「いいえ」です。
がんと診断されたとき、あるいは治療が始まったときから、
「早めに緩和ケアの専門家とつながっておく」ことは、
ご本人とご家族にとっての大きな備えになります。
8.当院の早期緩和ケア外来について
当院では、
がん治療中の方
再発・進行がわかった方
症状はまだ軽いが、これからのことが不安な方
を対象に、早期からの緩和ケア外来を行っています。
「まだ受診していいのかな?」と迷う段階こそ、
実は緩和ケアを活かしやすいタイミングです。
痛みや吐き気などの症状のご相談
治療と生活の両立に関する不安
ご家族としてどう支えればよいか分からない、というお悩み
などがありましたら、一度お気軽にご相談ください。
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