さらばメタストロン
「メタストロンが去った」
そうお聴きになっても「はあ?」という方も少なくないでしょう。
まずはメタストロンの説明から。
メタストロンによる治療はかつて、骨転移が多発している方にとって良い治療でした。
メタストロンは放射性医薬品で、ストロンチウム-89です。2007年に承認されました。
注射薬なので静脈注射をします。
するとこのメタストロンは、都合が良いことに、骨転移がある場所に集まってくれます。
そして、β線を内部から放出して、痛みを取り除いてくれるというメカニズムです。
骨転移が多発している場合も、骨シンチで取り込みがあれば複数の病変に効果が期待できました。
約7割が痛みの緩和を認め、効果発現は1~2週間後から、効果持続は約3~6ヶ月です。
使用後一過性に疼痛が増える場合がありますが、それは次第に収束します。
効果だけを聞くとすごく良さそうですが、いくつか問題点もあり、だんだん使われなくなりました。
その一つは、個人差はありますが骨髄抑制が強く現れる場合もあることです。
いかんせん全身の骨髄にも作用するので、そこから白血球減少や血小板減少、貧血が増悪することがあるのです。
放射線照射の精度が上がり、局所に限定して痛い骨の部分にのみ放射線を当てる外部照射でピンポイントに治療したほうが全身への影響を回避できるようになったこともあります。
またゾメタやランマークといった、骨の有害事象を減らしてくれる薬剤も使えるようになりました。
これらの理由から、次第にメタストロンは使われなくなったのです。
なお、メタストロンの効能効果は「固形癌患者における骨シンチグラフィで陽性像を呈する骨転移部位の疼痛緩和」であり、制癌というより痛みの緩和で、使用上の注意にも「疼痛緩和を目的とした標準的な鎮痛剤に置き換わる薬剤ではないため、骨転移の疼痛に対する他の治療法で疼痛コントロールが不十分な患者のみに使用すること」とされていました。
標準策をまず行って、それで不十分な場合にという但し書きがあったのですね。
医療用麻薬のせい?
先日、有名な中村祐輔先生のブログを拝見していたところ、伝聞情報として下記のように書かれていました。
「骨転移の痛みを取るために利用されていた、放射線を出すストロンチウムが日本では販売されなくなった」と発言された時には驚いた。麻薬系の鎮痛剤が安易に使われるようになったことがその理由だそうだ。麻薬は痛みを抑えるが、このストロンチウムは骨転移したがん細胞を叩いてくれるので、抗がん作用としてはこちらの方が高いはずなのに・・・・・。
医療用麻薬の安易な使用でメタストロンが使われなくなったという話は聞いたことがなかったので調べてみました。
すると、供給元がちゃんと声明を出しているのですね。
次のように記されています。
今回、この決定をせざるを得なくなりました原因は、原材料の供給停止、および製品製造のための照射機会の減少というサプライチェーンの脆弱性によるものとなっております。
◯決定の背景
原材料としてのSr88 : 照射ターゲット内にて用いられる原材料Sr88は、その複雑かつ長期に渡る製造過程のため入手が困難となってきていました。製造に要する期間は通常3~4年となります。2018年末以降、Sr88を製造供給できるサプライヤーがなくなり、GE Healthcareでは今後の原材料の確保が不可能となりました。照射施設 : 製造量の減少に伴い、照射を依頼できる施設の数と稼動頻度が低下してきました。結果として、2019年以降、GE Healthcareから照射を依頼することが可能な原子炉が存在しなくなりました。今後、新たな原子炉の適合性を検証することは、コストと時間の観点から現実的ではないと判断しました。
これを読むと、供給側の問題が多そうです。
医療用麻薬の安易な使用はもちろん厳に慎むべきですが、それが原因ではどうもなさそうですね。
メタストロン後の骨転移の鎮痛方法
そのようなわけで、実はメタストロンに頼らない鎮痛策がすでに普及しているので、大きな影響はないと考えられます。
鎮痛薬としては、アセトアミノフェンやNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)、医療用麻薬を組み合わせ、ゾメタやランマークを使用します。
疼痛が強ければ、緩和的な放射線治療を行うこともあります。
骨転移痛は
◯動いた時がかなり痛いので頓服薬の適切な使用が重要
◯脊椎の転移だと、脊髄圧迫に注意しなければいけない(脊髄圧迫が出たら大至急対処が必要)
など、注意点がいくつかあります。
基本的には緩和ケアの専門家にかかったほうが良い病態の一つでしょう。
まとめ
骨転移痛は患者さんによっては激痛になる一方で、やれる緩和策は様々にあります。
メタストロンはなくなりましたが、大きく困る局面は多くはないでしょう。
骨転移があれば、部位によっては脊髄圧迫等により緊急の対処が必要になることもあるので、一度緩和ケアの専門家と相談するのが良いと考えます。