鎮痛薬セレコックスで乳がん術前化学療法の効果が悪くなる?
次の質問を頂戴しました。
「鎮痛薬を使用していると、乳がん術前化学療法の効果が悪くなるとは本当ですか?」
詳しく内容を伺うと、下記のサイトに紹介されている研究についてでした。
ドセタキセルにて術前化学療法中の乳がん患者に対して鎮痛薬セレコックス上乗せによる影響
元々の論文(英語)はこちらですね。
乳がんの患者さんはCOX-2遺伝子が過剰発現している事例があるとのことです。
このCOX-2過剰発現が低い率の群(あまり発現していない群)ではドセタキセルにプラスしたセレコックス投与により全生存率に悪影響があったという結果です。
そのため、
Q1 術前にドセタキセルを使用している方が、鎮痛薬を使うと予後が悪くなるのか?
Q2 ドセタキセルによる術前治療を受けた時期に、鎮痛薬を使った方が、「あのせいで効果が悪くなったのか……?」と悩まれることもあるのではないか?
ということでした。
実はこれ鎮痛薬としてのセレコックスの研究ではない
論文を最初読んで、ちょっとした違和感がありました。
それは「なぜセレコキシブ(商品名セレコックス)を使っているの?」ということです。
よく読むと、乳がんの患者さんはCOX2遺伝子の過剰発現が生じうるので、COX2 阻害薬のセレコックスを使うことで、「がん治療の効果が高まるか?」というのが研究意図だったのですね。
それなので、セレコックスは鎮痛目的で使っておらず、鎮痛剤を重ねると危ないよという論文でもないのです。セレコックスを重ねたらもっとがんに効くかな?→むしろ逆効果だった! あらら・・という論文なのですね。
英語ですが、下記に研究の詳しい内容が記載されています(見つけました)。
http://www.isrctn.com/ISRCTN10059974
それによると、COX2阻害をはっきりと効かせるため800mg/日(日本の鎮痛剤としての量は200mg/日)という多い量を、実にドセタキセル4コースと同時に12週間毎日投与するという方法を行って、効果を見ています。
通常の4倍量を84日間投与したのですね。
そうしたら、抗腫瘍効果どころか、逆効果になりました、という研究だったのですね。
がんの痛みにCOX2選択的阻害薬は使わないことも多い(私は)
また鎮痛剤はCOX2選択的阻害薬だけではありません。
実際、がんの疼痛に対しては効きが今一つのこともあるので、それらを痛み止めとして使うことは私は必ずしも多くありません。巷でよく使われるロキソニンやカロナールはCOX2阻害薬ではないです。
という状況なので、「鎮痛剤のセレコックスを術前のドセタキセルと重ねると良くない」というように一般化できるかも微妙です(鎮痛用量ではないため)。
「抗腫瘍効果を期待して高用量のセレコックスをドセタキセルに足すのは有害無益」とは言えそうです。
それなので、「鎮痛剤は術前療法中には要注意」的な一般化になってしまうと、言い過ぎにはなってしまいますね。
まとめ
日本で乳がんの術前治療で、ドセタキセル+セレコックス800mg/日という治療を、ドセタキセル4コース中ずっと施行したことがある方はほぼいないといって差し支えないと存じます。
それなので、2つのQへの答えは、
Q1 術前にドセタキセルを使用している方が、鎮痛薬を使うと予後が悪くなるのか?
鎮痛薬はCOX2阻害薬だけではありませんし、COX2阻害薬セレコックスを800mg/日という高用量で使うことは少ないと思います。
それなので鎮痛薬で予後が悪くなるとはこれだけでは言い難いと考えます。
Q2 ドセタキセルによる術前治療を受けた時期に、鎮痛薬を使った方が、「あのせいで効果が悪くなったのか……?」と悩まれることもあるのではないか?
先述したように、ドセタキセル+セレコックス800mg/日<84日間>という治療を受けた人はほぼいないと思います。
そして、鎮痛薬を服用したとしてもCOX2阻害薬以外であった可能性も高いと思いますし、たとえCOX2阻害薬であったとしても日本での鎮痛用量(研究の1/4量)で同じ効果が起こるとも上記の研究を元には言い難いと考えます。
またCOX2遺伝子発現が高率であった群(全体の1/3)では、そもそもセレコックスでも有意な予後の短縮はなかったのです。
上記より、例え再発があって、その間にセレコックスを使っていたとしても、必ずしもセレコックスのせいではないと言えると存じます。
※なお、私はセレコックスの発売元と一切関係ないので、その立場から言っているのではないことは明記しておきます。
なぜCOX2遺伝子過剰発現が低率な群にセレコックスを使用すると悪影響があったかについては、論文によると、それらの低率群の細胞ではむしろセレコックス使用で細胞生存性が高まるためとの見解でした。
論文はしっかり内容を読み込み、「何のために行われた研究か」を精査することが重要です。
確かに通常の外来では論文まで話題にあげるのは難しいと思いますが、私の早期緩和ケア外来では、論文に関する質問も受けています。
論文は読み方に注意が必要で、拡大解釈にはならないように留意する必要もあります。
不安になる前に、詳しい医師に尋ねるのは一つの方法であると考えます。