アフィニトールやトーリセルはmTOR阻害剤 ではmTORとは?
「アフィニトールやトーリセルの使用中はたんぱく質の摂取を控えたほうが良いのでしょうか?」
質問されることがあります。なぜか。
「アフィニトールやトーリセルは蛋白の合成を妨げて、抗がん効果を示すのですよね? だとすると、たんぱく質の摂取を控えたほうが良いのかと思って……」
アフィニトールやトーリセルはmTOR阻害剤と呼ばれるがん治療薬です。乳がんや腎細胞がん、神経内分泌腫瘍等で使用されています。mTORはエムトールとかエムトアと呼びます。
がん治療薬と言っても一般的な抗がん剤とは異なり、mTORという酵素を阻害する薬剤です。
mTORは蛋白の合成や細胞の増殖、血管の新生や免疫等々、様々な要素と関係しています。
がんの患者さんの体内では、このmTORを介する経路が常に活性化していることがわかっており、またがん自身が自らを栄養する血管を新生していることが知られています。
mTOR阻害剤は、mTORの経路を妨げることによって、がん細胞の増殖を抑制し、血管新生を阻害して抗がん効果を示すとされます。
さて、mTORはタンパク質キナーゼというものであり、タンパク質をリン酸化します。
そこで患者さんは「あっ」と思ったのだと考えます。
タンパク質を抑えることによって、mTORの経路を弱めることができるのではないか。
そして、アフィニトールやトーリセルがmTORの経路を阻害しているのに、そこでタンパク質を多く摂取してしまっては逆効果になるのではないか、そうお考えになったのですね。
鋭い指摘だと思います。
すると先日より高度な質問を受けました。
最近”プロテインの時代は終わった” と称して、HMBというサプリが勢力を伸ばしているのだそうです。
HMBはBCAA (分枝鎖アミノ酸)のロイシンの代謝物でビス-3-ヒドロキシ-3-メチルブチレートモノハイドレートのことで、筋力増加のためのサプリメントとして知られています。
このHMBがアフィニトールやトーリセルと何の関係があるのか?
そう、HMBはmTORの経路を活性化して、タンパク質の合成を促進しているようなのです。
すると当然のことながら、筋肉量を増やそうとサプリメントとしてHMBを摂取すると、アフィニトールやトーリセルを使用中の人は薬効と喧嘩するかもしれません。
研究の種になるのではないかというくらい素晴らしい質問でした。
さて、どう考えたら良いのでしょうか?
アフィニトールの動物実験では、低蛋白質食に軍配だが……
そこで調べてみると、面白い研究がいくつか出て来ました。
まず、人を対象にした研究はありませんでした。
それなので、アフィニトール等を使用中のタンパク質摂取に関しては、「こうすれば良い」というのが確実には言えないという前提がまずあります。それなので、ここからの記載はその前提のもとにお読みください。
まず、動物を対象にした研究<前立腺癌および乳癌のヒト異種移植モデルにおいて食事蛋白質制限は腫瘍増殖を阻害する(英語)>で興味深い内容のものがありました。
のっけから「疫学的および実験的研究からのデータは、食事性タンパク質摂取がIGF / AKT / mTOR経路を調節することによって前立腺癌および乳癌を抑制するのに役割を果たす可能性があることを示唆している」とあります。
研究をよく見てみると、
低蛋白食(全カロリーの7%)+アフィニトール群
vs
高蛋白食(全カロリーの21%)+アフィニトール群
で比較すると、腫瘍の重量が低蛋白食群で統計的に意味のある程度で低かったとのことです。
ただし図表を見ると、それほど大きな違いではないように見えます。それよりは全カロリーの21%をタンパク質で摂取している場合に、アフィニトールの有無で比較した図表があるのですが<Figure 2-B>、その場合はだいぶ違い、アフィニトール使用群がだいぶ腫瘍重量が低いです。
なお、参考までに日本人の食事摂取基準(2015年版)によるとタンパク質は全カロリーの13~20%が推奨されています。
ただこれをもって、タンパク質を制限すると良いかというとそうではないと考えます。実際、使用しているのはマウスであり、人間相手の研究ではないので、科学的根拠は低いです。
そして、タンパク質制限をすべきではないもう1つの理由があります。
アフィニトールでは骨格筋が減少する
腎細胞がんの人を対象とした下記の研究があります。
転移性腎細胞癌患者における骨格筋消耗に対するエベロリムス療法の効果(英語)
これによると、転移性腎細胞がんの患者さんは、アフィニトール使用で「腫瘍の進行とは関係なく」体重や骨格筋が減るという内容です。時間と比例することも指摘されています。
確かにアフィニトールを使用していると、筋肉量が減った気がする……というような申告をしばしば聞きますが、このように十分あり得ることなのですね。
そのため、タンパク質を制限してしまうと、むしろ良くない可能性があると考えます。
ではどうしたら良いか?
先ほどのマウスを対象とした研究によると「20%の植物性タンパク質を含有する食餌は、20%の動物性タンパク質食と比較して、腫瘍重量を37%抑制した」とあります。
つまり、タンパク質の種類を植物性のものに変更すると、腫瘍の増殖が減少するというのですね。
それなので、大豆食品等の植物性タンパク質は積極的に摂取し、摂取量が確保できない場合は、例えばプロテインでもソイプロテインを用いて+αに補充するということは考えられるでしょう。
ここでプロテインが出てくるのは、植物性タンパク質の含まれる食品は炭水化物の割合が多いので、タンパク質の比率自体は高くないとされているためです。
それで全体的なタンパク質の量は(日本人の食事摂取基準の推奨である)50g/日の目標値を保つのが良いのではないかと考えます。
また動物性タンパク質でも、魚はω3脂肪酸等も豊富であり、摂取したほうが良いと思われます。
そしてHMB。これまでの考察だと、確かに筋肉量を増やせる効果は魅力的である一方、mTORを介しているというメカニズムからは、確かにアフィニトールやトーリセルの薬効に影響しないとは言えず、これらの薬剤を使用中は通常の食事や植物性タンパク質のサプリメントのほうが好適なのではないかと言えると考えます。
まとめ
タンパク質摂取がmTOR経路に影響を及ぼし、腫瘍の経過に関わることが全くないかというと否定はできないようです。
ただし、述べてきたように、mTOR阻害薬によって骨格筋量の低下なども起こりうるため、必要量のタンパク質摂取は重要だと考えられます。
今後人を対象とした研究が出て来て、より新たな知見が明らかになるかもしれませんが、腫瘍の治療中は損耗を避けるため、十分な栄養量が必要という考え方が一般的です。
一方で、動物性タンパク質か植物性タンパク質かによっても経過が異なることなども今回紹介した動物実験では示されており、良質のタンパク質を摂取するのが好適であることは論をまたないと考えられます。
またサプリの中にはHMBのように、アフィニトールやトーリセルが阻害するmTORを活性化するものもあるため、注意が必要でしょう。